2015年9月5日土曜日

なぜ人間は判断を誤るか?

医学と投資ほど、非科学的な誤信とそれを書いたトンデモ本がはびこっている世界はありません。本屋に行くと、「私はこの食事療法で癌を治した」という本が多く並んでいます。その大部分は誇張を交えた嘘ですが、中には本当に治った人がいるかもしれません。しかし、癌がその食事療法で治ったかは疑問です。稀ですが、癌が自然治癒することもあるからです。

また、ある有名私大元講師の医師が書いたベストセラーもトンデモ本です。彼はがん放置療法を勧めています。彼は文章がうまいので、「私はこの食事療法で癌を治した」という本で騙されない、ある程度知的レベルが高い人でも、彼のことは信じてしまいそうです。

どの世界でもおかしなことを言う人はいます。専門家の世界でも同じです。99.9%の医師はエビデンスを重視しているので、それに反することは正しいとは思っていません。しかし、99.9%の医師が正しいと思っていることでも、0.1%ぐらいの医師は正反対のことを言います。マスコミは、一般大衆の興味のあることを書いて、売り上げを伸ばすのが目的ですから、その0.1%の医師のことを面白おかしく大きく取り上げます。癌を治す怪しげな食事療法の話も、面白ければ、本になります。読者や視聴者は、それが科学的に正しいかどうかは、自分で判断しなければいけません。

株式投資の本の状況はそれ以上に深刻です。本屋に行くと、「私はこの方法で○億円儲けた」という素人が書いた本がたくさんあります。それが本当の話だとしても、大きなリスクをとった結果、運がよくて、たまたま儲かったのかもしれません。多くの人は、このような経験談が好きなようです。

科学的に正しいということは、エビデンスがあるということです。信頼性の高いエビデンスを作るためには、誤ったエビデンスを導きやすい要素、つまりバイアスをできるだけ排除する方法を採るように工夫します。バイアスとは、本来測れるはずだった正しい「真の値」から、ある方向へずれさせてしまう要因があって、それによって全体の結果に「ずれ」が生じることを指します。つまり、ある一定の方向への「偏り」があるということです。

単純化して言うと、このようなバイアスをできるだけ排除した上で、2群にある治療などをした結果を統計学的に有意差があるかどうかを検定して、有意差があればエビデンスになります。

自分が経験した例ではなく、これらのエビデンスが大事だということは、ほとんどすべての医師や学者には通じますが、一般の方にはなかなか通じません。私の著書「東大卒医師が教える株式投資術」では、「他人が作ったデータばかり引用して、自分の例がない」という全く的外れな意見もいただきました。

もちろん、エビデンスはすべてではありません。エビデンスがなくても正しいことは多くあります。しかし、エビデンスは、個人的経験よりはるかに科学的で真実に近いことであることは間違いがありません。